「頑張ってない自分はダメ」という罪悪感。

「頑張ってない自分はダメ」という罪悪感。

なんてことない、戯言。

昨日、音楽との関係性が今はすこし複雑になっているという話をしたけど。

複雑になっている内容のひとつに「音楽をやっていない自分への罪悪感」というのがあって。

これは本当にややこしいものでね。

つまり。

「自分は音楽が好きで、音楽家として生きていきたいのだから、いつどこにいても、音楽のことを一番に考えて行動すべきだ。」

という訳の分からない自己洗脳なのである。

ややこしいのが、この裏には「それができない自分はダメなやつだ」というのがセットになっていて。

いつもどこかで「音楽やってない自分=ダメなやつ」って罪悪感を持ってしまってきた。

これはもう、ひとえに、、、教育のたまものだよねぇ。苦笑

ポイントはね。

「音楽やってる自分、最高!」ってのはないのよ。

「やってない自分は、ダメ」それだけ。

私はね、これからの音楽活動というか、音楽との関わりのなかで、この罪悪感を完全に拭い去っていこうと思ってる。

だって音楽は本来、自分が幸せになるためにやりたかったんだからさ。

その一つのツールなんだから、私の幸せが一番大事なんだよ。

こういうこと考えてるとね、けっこう、恨みつらみが腹の底からあがってくるときもあるのよ。

「あのとき、あんな風に言われてしんどかったなぁ。。。」

「あんなにしんどかったのに、言うこと聞くしかなかった自分、弱かったなぁ。。。」

みたいな。

前はね、こういう気分、必死で引っ込めてたのよ。

「いかんいかん!そういう過去は忘れよう。」

「そんな過去があって今があるから、それでいいんだ!」

とか言い聞かせてね。

でも最近はもう、そうゆうことしません。

「マジで本当に辛かったわぁ。」

「何回思い出しても、しんどかったことに違いないわ。」

それだけ。笑

しんどい過去は消えないから、もうあらがうのはやめたのさ。良くも悪くも、背負って生きていくことにしたのさ。

で、話は戻って、「音楽やってない自分、ダメ」という罪悪感のこと。

今ここにいる自分が、何を感じるかは、絶対に変えられるじゃん?

だからこれは、変える。上に書いたみたいに、癒しながら、変える。

これまで感じてきた事実は消えないし、辛かったなぁとは思うけど。

関係ないよね。

(って言いながら、今はまだ、疼くわけだけど)

今も例えば、他のことに夢中になってるとね、ぞわぞわぞわーって蘇ったりはするのよ。

「あれ、、、音楽やってないけど、、、自分だいじょぶそ??」とかね。つい反応しちゃうわけ!なんなのこれって感じだけど。笑

けどね。

このプロセス自体が、音楽をがんばりすぎてきた自分へのヒーリングプロセスだと思うし、日々音楽には関わっているわけだから。

最近は慌てずに対応できるようになってきた。

「ちがうちがう。ぜんぜん大丈夫。音楽やってもやらなくても、私は音楽だし、私の中の音楽は消えない。それに、とにかく私が幸せでないと人を幸せにする音楽なんて創れないんだから。」

そう思って、安定剤がわりにポロリンとピアノを奏でる。ほんの少しでもそうやって、ちゃんと音の中に入る。

そんな感じで、日々、自分を癒しながら、幸せな自分をちゃんと創っていく。

不思議なのがね。そうやって幸せな自分でいようとすると、音楽にむかう自分もまた大きくなってくるんだよね。

だから、焦らず。一歩一歩。

※なによりこうやってブログに書けたことがすごい進歩な気がしている。

こういうことって、誰の心にもきっと少なからずあるよね。

仕事がんばってない自分はダメ。家のことサボった自分はダメ。健康に気をつけてない自分はダメ。

色々あるけどね。色々あるよ。うん。

世の中、正しいことで溢れていたりもする。けどみんな、自分に都合よく正論を振りかざしているだけだったりもする。

ダメな自分なんて本当はどこにもいないんだよ。どんな自分も、大切な自分だから。

だからみんなも、自分を勝手にジャッジしてしまわず、幸せでいてほしい。ダメなことした自分も許してあげたら、逆に手放せたりするもんだからね。

人生は短いから。

大丈夫。ダメじゃない。幸せでいよう。

そんなふうに、自分に優しく、しなやかに生きていけたらいいよね。

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