ネバー・キャン・セイ・グッバイ/トレインチャ Never Can Say Goodbye / Trijntje Oosterhuis (Traincha)

ネバー・キャン・セイ・グッバイ/トレインチャ Never Can Say Goodbye / Trijntje Oosterhuis (Traincha)

マイケルのことが大好きだったというオランダのジャズシンガー、トレインチャ。

マイケルが亡くなった直後に発売された彼女の素晴らしいトリビュート・カバー・アルバムをご紹介する。

スタイルは違ってもそこにマイケルが見える

録音した当時、トレインチャはこれをアルバムとして発売することをまったく考えていなかったという。

マイケルの訃報を耳にしただトリビュートしたいという気持ちでやってみたことが最終的にあれよあれよとアルバム発売にまで及んでいったらしい。

 

アコースティックギターによるオリジナリティ溢れるアレンジと、ハスキーでカッコいいトレインチャのボーカル。

そのどの要素にも、マイケル・ジャクソンっぽさというものはない。

だが歌が始まるとたちまに、そこにマイケル・ジャクソンへの愛でいっぱいの世界が広がる。

原曲の良さを失わないまま、まったく新しいマイケルソングの魅力をめいっぱい引き出したこのアルバム。

マイケルの新しい魅力がたくさん発見できる名作だ。

 

これだけ原曲と違うアプローチなのに、無駄な緊張がなく伸び伸びとリラックスした雰囲気が漂う。

アルバムとして発売するつもりがなく肩の力を抜いて作っていたからこその仕上がりだったのかもしれない。

数多くあるマイケルカバーの中でも、世界一秀逸なアルバムではないかと私は思う。

 

そんな名作だから、個人的にもこのアルバムから学んだことは多い。

マイケルの曲がなぜマイケルらしいのかということの1つに、ゴージャスなアレンジというものがある。

要するにトラック数(楽器やコーラスの本数)がめちゃくちゃ多く、分厚いサウンドが作り込まれているものが多いのである。

※そうじゃない曲もある。そういう曲こそマイケルの真骨頂だったりはする。

 

そういった豪華な曲をシンプルなアコースティック編成やソロ弾き語りでどうカバーするか、考えあぐねるところがある。

そこに加えてあの特徴あるマイケルのボーカルあってこそのマイケルソングだとすると、カバーするのはほぼ不可能に思えてくる。

ヒット曲のベースになっているサウンド感がディスコだから、そのまま参考にすると古臭くなるということもある。

 

だがこのトレインチャのアルバムのように、シンプルなアレンジやボーカルでマイケルソングを改めて聴いていると、豪華な飾りを削ぎ落としたその曲の本質が見えてくる。

「なんだ、なるほど。そういうことだったのか。」

複雑に解釈しすぎていた自分にきづくと同時に、トレインチャの解釈力のすごさに感心せずにはられない。

 

どの曲も素晴らしい曲だが、特に私がお気に入りの3曲をご紹介する。

Baby Be Mine

アコースティックにすると何でもゆったりしっとりやろうとする人たちがいる。

シンプルに歌を聴かせるアレンジもアコースティックならではの良さが出やすいが、そればかりがアコースティックではない。

むしろ本当に実力があれば、どんな曲だって料理できるものなのだ。

ということが、この曲を聴くとよく分かる。

 

マイケルをアコースティックでカバーしようというとき、これほどまでに原曲がアコースティックっぽくない曲を選ぶというところが、渋くてたまらない。

素晴らしいギターカッティングしかり、滑らかで壮大ながらもリズムがしっかり立つトレインチャのボーカルしかり。

ちなみにこの曲のメロディはただでさえ裏拍子にアクセントが続いて、めちゃくちゃ難しい。

なのにそれをリズム隊なしの編成でかる〜く歌うトレインチャ。

力まず大らかなこの余裕ある感じが、たまらなくカッコいいのだ。

 

アコースティックで、アコースティックらしくないライブをやりたい。

かねてからの私の夢だ。

いつかライブでチャレンジすると決めている。

ピアノアレンジは、これから考えるのだけれど。

Lady In My Life

この曲はもともとジャズっぽいコード進行が目立つ曲。

クインシーがアレンジ手腕を発揮したのだということが安易に想像できる。

そんなことだからジャズシンガーであるトレインチャにはとても合う。

多彩な表情を見せるこの展開の素晴らしさがたまらない曲。

それをポップスに寄せてまとめたマイケルに対して、いっそうオシャレにロマンチックに仕上げたのがトレインチャという印象。

 

なんといっても真骨頂はエンディングの多重コーラス。

この部分に関しては、マイケルよりトレインチャのほうが完成度が高いのではないかと思う。

マイケルはOne and Onlyなのだから、完成度を競わせても仕方ないのだが。

要するに単純にトレインチャバージョンのほうが好きなのだ。

※そんな彼女の爪の垢を煎じて飲むかのどごく、コレを熱心に聴きながら自分もデモ録音したことを思い出す。

余談だが、この曲のタイトル “Lady In My Life”は「僕の大切な女性」というような意味になる。

男性であるマイケルが女の子に向けて歌っている設定だから、トレインチャがそのまま歌うと違和感がある。

そこでトレインチャはこれを Baby In My Life としている。

英語では歌う人の性別に合わせて「彼」「彼女」といった人称部分を置き換えるのが一般的。

SheをHe、HerをHis、GirlをBoy、WomanをManなどは単語の長さや響きからもわりと簡単だが、Ladyはけっこう難しい。

意味としてはGentlemanやManにしたいが、長さや響きの具合から置き換えにくいし、かといってBoyだと雰囲気が子どもっぽくなる。

当時はまだ英語の作詞にも慣れていなかったこともあり、このLadyをライム(韻)でもあるBabyに置き換えてあったことに妙に感動したものだった。

 

Rock With You

このアルバムの中でもっとも素晴らしい仕上がりと言える一曲がこのRock With Youだ。

ジャズやカフェ風コンピレーション・アルバムなどにもよく登場するこのアルバムのヒット曲とも言える。

この曲は原曲とはまったくアレンジが異なる。

原曲の印象的なドラムのフィルインもなければ、そのあとに続く小気味いいシンセサイザーのフレーズもない。

だが聴こえてくるのは間違いなくあのRock With Youなのだ。

それもとびきりオシャレに生まれ変わったRock With You。

もちろん原曲のアレンジも当時がディスコブームだったことを考えると、めちゃくちゃオシャレで素晴らしいのだが、実際のところあのアレンジをあのテンポであれだけグルーヴィーに歌いこなせるのはマイケルだけだ。

だからトレインチャが作り出したこの新しいRock With Youの存在感は大きい。

マイケルのやったことを音楽的に昇華し、現代の最高の解釈で提供してくれた。

そんな風に感じる。

 

この曲は、どうしてもライブでやりたかった。

当時のユニットにギターはいなかったが、なんとかアレンジを作ってもらい、その後しばらく持ち歌のごとく歌っていた。

歌っていて脳裏に浮かぶのはマイケルの姿だった。

トレインチャの素晴らしいアレンジにはめちゃくちゃ感謝しているが、この曲が私にもたらしてくれるのは、マイケルと一緒に音楽をRockする珠玉の時間だった。

そんな時間をトレインチャのおかげで私は体験することができた。

 

こんな感じで、私のシンガー人生にも大きな影響を及ぼしてくれた一枚。

オリジナリティあふれるこのカバーアルバムには「無下にマネするだけではマイケルに失礼」という敬意さえ感じる。

そういう意味でトレインチャがいかにマイケルを愛していたのかも伝わってくる作品。

それがこのトレインチャのNever Can Say Goodbye。

 

世界中のマイケルファンへ、一家に一枚。