過去の自分に救われる。

過去の自分に救われる。

最近、

自分が書いてきた

過去の日記などを読んで

救われることが多いです。

 

それは自分が

いい日々を積み重ねてきたなと

思える安堵の時間でもあり

自信につながったり、

元気をもらったりします。

 

少し前のことなんですが、

ちょうど2年前、

音楽活動をやめたすぐあとに書いた

日記の中に

今でも心に留めている

フレーズがあります。

 

いつでも自分で自分に

オッケーを出せる人間でありたい。

 

理由は一つ。

誰より優しくいたいから。

世界中のすべての人に。

優しくありたい。

笑顔でありたい。

そういう人間でありたいから。

 

こんな高尚なことを

恥ずかしげもなく

まっすぐ考えていた

自分に感心する。笑

 

今でも、自分で自分に

できるだけたくさん

オッケー出せるようになろう。

 

そんな日々ではあります。

 

だけど、そこにばかり

フォーカスが行って、

なぜそうしたいのかという

目標を見失うことも

あります。

 

そんなとき、

このフレーズを読み返して

元気をもらって以来、

不定期にこの日記を読み返して

立ち戻ることにしています。

 

誰でもみんな、

優しくありたいよね。

 

自分の大切な人に

それができないときって、

なんか寂しかったり

悔しかったりする

じゃないですか。

 

それってね、

自分が自分に優しくできて

ないときだったりする。

 

自分がちゃんと

自分のこと認めてないとき、

人のことも認められなかったり

自分が重なってイライラしちゃったり

するんだよね。

 

だから、まず自分から

始めていくことが大切だなって。

 

自分をちゃんと愛して

みんなを愛していたいのです。

 

そんな私。

 

最近はというと、

3月からまた新しいフェーズに入っていて

いよいよ私の前に

「音楽」というものが

ドンと現れています。

 

今までなんで、

横によけて生きているけると

思ってたのか

それも不思議なんだけど。

 

まぁ、宮崎さんが

何回も引退宣言するように

(同じスケールで語るのはなんですが)

一回、横によけてみないと

大切さわからなくなるときも

あるんですってば。

 

そんなこんなで、

自分にオッケー出せる日、

すごく増えてます。

 

ふふふ。

 

カタン、カタンと

行ったり来たりしていたシーソーが

確実にバランスを変えて

グンといい方に

かたむき始めている。

 

そんな感じがしています。

 

身の毛がよだつほど

怖くて仕方ない日もありますが

それでも自分を諦めない自分には

けっこう関心してきています。

 

何より、私の生きる世界に、

音楽が戻ってきた。

 

モノクロだった私の景色は

たちまちフルカラーになった。

 

 

音楽がただ大好きで

音楽がただ尊い。

 

そういうふうに、

やっと戻りました。

 

あぁ、なんだ。

 

こんな簡単なこと

だったんだ。

 

と、思いつつも。

 

 

ここまでしっかり

自分と向き合えた自分、

えらいえらい。

 

ここまでの道のりの、

どの場面も、どの事件もきっと

必要だったプロセス。

 

 

すべての人とできごとに、

ただただ感謝して、

前に進んでいきたい。

 

そう思って

この記事を書いた今日の自分にも

大きなオッケーを出して。

 

明日も、

ありのまま自分に

オッケー出して

やってこう。