忍耐力というもの。

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何事においても、忍耐力というものが

もっとも大切だということを、最近、思い知る。

 

失敗を、失敗のまま終わらせれば

それは失敗だけれど。

 

何度失敗しても、そのあとで大成功すれば

それは「成功への道のり」になる。

 

先日、料理を失敗して凹んでいた母に

エラそうにこのことを伝えてみた。

 

もうせっかく作ったのに、ガックリ〜

砂糖がもったいなかった〜

せっかくの計画が台無し〜

 

めずらしく落ち込んでいたから

元気づけたかっただけなのだけれど。

 

お母さん、

失敗を失敗のままにしたらもったいないよ!

 

成功して終わらせよう!

 

もう一回作ろう!

 

なんてことない、

あんこが大好きな母が家で小豆を煮てみたという

小さな小さな話なのだが。

 

やる気をとりもどした母は、再トライに成功し、

大好きなあんこを食べまくりましたとさ。

 

珍しいぐらいにお礼を言われました。

 

忍耐というと、

何かを犠牲にしたり我慢したりすることを

思い浮かべるかもしれませんが。

 

何かを実現したいという想いと、

そういう想いを抱いた自分。

 

そんな自分を、いつまでもいつまでも、諦めない。

 

私は、そういうことだと思っています

 

そして、これは単純なようで、とても難しい。

 

何かを諦めるのは、本当にカンタン。

 

理由なんていくらでもあるし、

誰しも、自分の失敗からは目を背けたくなる。

 

けど、どんなに正当な理由も、

あとから考えると、やっぱり言い訳。

 

ある音楽仲間が、

「昔より下手な自分に凹むからやりたくない」

と言っていたのを思い出します。

 

しばらく楽器をさわってないと、

自分の技術が落ちてしまっているので、

そういう自分がイヤになる。

 

そういう「できなくなった自分」に

耐えられないから、最初から向かわないという選択。

 

実際、一回休んでしまったことを

また始めるのってすごく体力をつかいます。

 

キラキラ、ワクワクしてた自分を描いて

いざやり初めてみると、全然できない。

 

そりゃ凹みます。

 

ガックリどうにもなりません。

 

だから気持ちは分かるんです。

 

だけどそれを、

こういう言葉で片付けてしまうのは

もったいない気がします。

 

そうやって、決めつけさえしなければ、

前より上手くなれる可能性だってあるのに。

 

向かうことから逃げたら、

前のレベルに戻ることすら、一生、ないわけで。

 

人はそうやって、一つずつ、

自分を諦めて、それを正当化しながら、

「大人になった」と言い換えて生きていく。のか?

 

いな。否。

 

そうじゃないと思いたい。

 

みなさんも一つでも、諦めずに

何かに向かっていってほしいなって思います。

 

私自身も、そんな忍耐力を、人生をもってして

鍛えていきたいと思っています。

 

現実を見るのは、ツライけれど。

 

何回、落ち込んでも、何回、失敗しても、

「そんな自分を許して、また進もう」としてみる。

 

そしたら案外、できるもんで。

 

たしかに1日や2日、

落ち込んで全身が使い物にならなくなったりする。

 

ただボーゼンと、凹んだ自分に包まれて、

何も手につかなくなる。

 

夢に手が届きそうなぐらい前向きに

心からワクワクしていた自分は、どこへやら。

 

小さな穴にはいって、体育座りしちゃってる。

 

だけど、そんな自分に「いいよ」って言って

立ち上がるのを待ってあげる。

 

そうやって認めると、意外とすぐに気が済んでくる。

 

そして、また少しずつ、歩こうかなって

思えてくるから不思議だよね。

 

人生は、いくつになっても、学びの連続。

 

でもそれこそが、生きてるって感じがして

私はとても幸せだなと思うのです。