湘南。

湘南。

いつからか、湘南の海に通うようになった。

 

泳ぐわけでも、サーフィンするわけでも、日焼けするわけもなく。

ただ、春も夏も秋も冬も、海を眺めて、波の音を聞いている。

 

正確にいうと夏は暑すぎて行けない。特に昼間は、溶ける。

そもそも海の家があったり、色んなイベントがあったりで海辺にいる人が急増し、海岸は「自然」から一気に「人間のもの」へと風変わりししまう。

夕方になると人が減り、海風でかなり涼しくなるので、たまに立ち寄ったりするが、それでもあまり夏には近寄らないというのが私なりの海との付き合い方だ。

 

オフシーズンは人が多くても騒がしくはないし、私のように波の音を聴きながらただボーッとしたり本を読んだりしている人もけっこうたくさんいる。

海辺の公園で、波と戯れるサーファーたちを眺めつつ、ただ波の音を聴きながら太陽の動きを追っていく。

 

自慢じゃないけど、母譲りの雨女。

いつも、どこでも、どんな時も、雨、雨、雨、雪、アラレ、そしてヒョウまで。

このタイミングの凄さには定評がある。

 

ただ不思議と「湘南デー」だけは絶対に外さない。

ゲリラで行っても、だいたい素晴らしい水平線の景色や夕陽を見ることができる。

 

朝起きて思い立って、カーシェアのアプリで近くのステーションから空車を探す。

そしたらもう2時間後ぐらいには海を見ているのだから、これほどの贅沢はない。

 

朝日や夕日、水平線やうろこ雲など、いつも変わらない存在ながらいつも違った一面を見せてくれる海。

行くたび私を虜にしてくれる。

 

通いつづけるうちにどんどん鼻が利くようになっているのか、空気が澄んでいる日には西の空に綺麗な富士山がおがめることも多くなった。

過ごしやすい季節なら、そこで何時間も放心していられる。

 

水平線をただ見つめたり、目を閉じて波の音に集中したり。

 

偉大な海の前では、人間はほんとうにちっぽけだ。

何もできない無力な自分が生かされていることを、ただゆっくり受け止める時間。

 

そうやって、今ここに自分がいることの奇跡を静かに実感する。

 

何ができなくても、何を持ってなくても、ただここに立ってる自分が、そしてこの地球が本当に素晴らしい存在であることを、海が教えてくれる。

 

そうやって、脳をカラッポにしてすべてをリセットすると、本当に頭がスッキリして心からリフレッシュできる。

生きる奇跡と、すべてに感謝して、また明日から頑張って生きようと思える。

 

ちょっと大げさなようだが、けっこう本気だ。

それぐらい湘南の海は、人生を支えてくれている。

 

いつもいつも素晴らしいエネルギーを私に与えてくれる相方のような存在。

本当は毎日通いたい。

雨の日も晴れの日も、寒い日も暑い日も。

変わらずドンと構えて迎えてくれる海をもっと近くに感じて生きられたらいいのにと思うこともある。

 

だがそんな心とはウラハラに、都会での暮らしを楽しんでいる自分もいる。

引っ越してしまうほどの勇気はない自分。

 

それでも可能なかぎり、あの海からエネルギーをもらって暮らしていきたい気持ちは変わらない。

思い立って車を走らせたところに、あんな素晴らしい海があるだけでもありがたい。

 

海を堪能したあとは、たいてい湘南t-siteに立ち寄る。

 

t-siteや蔦屋書店は、場所によって置いてる本やモノの傾向があり、行く先々で違う刺激をもらえる。

いつも新しい刺激を求めていたい、私の好奇心がうずく場所だ。

 

湘南のt-siteには自分好みな雑貨や調理器具・調味料がたくさん売られている。

先日は、梅干しとお酢を買った。

東京からきて海に行ったあと、t-siteで梅干しとお酢を買う人はなかなかいないだろうという意味のない自負をしながら、満足気に帰った。

 

ちなみにドライブウェイは東名高速道路よりめっぽう第三京浜が好きだ。

広々とした三車線道路でゆったりとした気持ちで走れるのがたまらない。

 

ありがたや。湘南。

 

ありがたや。海。