ハリウッドに学ぶエンターテイメントの教育。

ハリウッドに学ぶエンターテイメントの教育。

エル・オンラインより、エンターテイメントにかかわる人間として、とても勉強になる記事。

アメリカのエンターテイメントが、現代の日本のエンターテイメントの源であることからすると、日本のエンタメ業界全体が学ぶべきことだと感じます。

アカデミー賞を量産する演技コーチが語る、日本人がハリウッドで活躍するために必要なこと

CULTURE INTERVIEW

 

以下、とくに印象に残った点をまとめました。

成功の秘訣は学ぶこと

学びというのは、知識や技術を得ることだと思われがちだけど、そうじゃない。

そのメソッドやプロセスは、実はどんなものでもよくて、大切なのはその先にある「見る人・聴く人に訴える力」をつけること。

人類に希望を与えるのがアーティストの仕事なの。どんな状況も変えることができるという力を与えることね。

ここにたどり着くことこそが、アーティストとしての真髄。

だけど、それが計算だと意味がない。

そこが複雑なんだよね〜。

私もこういうことに、長い間、悩まされてきた気がする。

日本では、まだまだエンターテイメントが表面的にしか理解されていないから、こういった大切なことを教えてくれる教育者や、整備された教育システムがなかなかないよね。

だからこそ多くの俳優やミュージシャンが、本格的に学ぶとなるとアメリカに留学するわけだけど。

そういったことが日本でもしっかり学べる体制が少しでもはやく整えばいいなと思う。

ハードワークとリスクを取る。

私たちが生きているこの世界で、ハードワークとリスクを取ることが成功の秘訣でない分野はないと思うわ。

ハードワークとリスクを取ることを「しない」ことは簡単。

才能がない、時間がない、若くない、笑われたくない。理由はいつだってたくさんある。だけど、やめない理由はただひとつ。

情熱。

だと、私は思う。

どんな正当な理由があっても、諦められたということは、それなしで生きていっても平気ということ。

それでもやめられないというのが、情熱であり、ともに生きる覚悟、みたいなものかなと思う。

それはアメリカでセレブと言われるスターたちを見ていたらわかる。実際、華やかなようでとんでもなく努力してる。

だけどそれができるのは、やっぱり自分が好きなことだし、ファンの人たちに喜んでほしいという一心だったりする。

特に演技というものは、怠惰な人間の仕事ではないわね(笑)。やることがたくさんあるから。

これって同時に、才能と情熱を持ち、すべてを知り尽くしてもなお、追い求めていきたいと思えるほどでなければ、どのみち続かないということかな、と解釈。

人生そのものが、表現に影響する。エンターテナーというのは、その人の生きザマそのもの。

教えるということの意味

一緒に、チームとして成長するの。私は一方的に教えないわ、一緒に成長するの。

個人的に、教えられる立場のほうが多かったけど、大人といえども、頭でそう思ってもなかなか実践できないものなんだなっていう現場をけっこう見てきた苦笑。

だから、これは教育者としてとても高度なことなんだと思う。それこそ、教えるということにかなりの情熱がないとできないのかもね。

だけど教えられる、育てられる側にとっては、これは最高の教わり方だし、自分が教えることがあったら、こうでありたいなって思う。(私はやるほうが楽しいタイプなので教育者になりたいという気持ちはないんだけど)

これはエンタメに限らず、ほかの教育現場や子育てでも言えることかもしれない。

ちなみに、私が先日感想を書いたアドラー心理学も同じような考え方。

【再読】嫌われる勇気

日本では、時には根深いヒエラルキーがあるの。年上だからという理由で言う通りにしないといけない、とか。例えそのやり方が信じられなくてもね。それだとうまく行かなかったりする。

これは根深い問題だよね。。。私もこういうこと、社会でたくさん経験してきた気がする。

とにかく意見をいうところまでは自由だと思って気にせずポーンと言ってしまうから、それが反抗ととられてすごく怒られたり、おさえ込まれたりとか。

プラス、とくに普通の会社では、女性にたいする差別も、当たり前すぎて誰も気づかないレベルで発生してるしね。

そこにきて私はもう、同じ目線が大好きで、人生まるごと「ボーダレス」という大きなテーマで生きているといっても過言じゃないので、この記事にあるような教育方法は大好きです。

年上も年下も、上司も部下も、女性も男性も、どんな肌の色の人も。けっきょくは同じ人間でしょってどこかで思ってる。

それに、無知というのは純粋でもあって、知識がある人にない視点を持っていたりするんだよね。だからこそ子供から学ぶことって本当に多かったりするし。

ちょっと話はズレましたが、とにかくこういう考え方、やり方が、もっともっと日本に浸透してほしいと心から願ってます。

監督が果たすべき役割。

監督がより良いストーリーを語るためには、(俳優をガイドするための)言葉を身に付ける必要があるの。

音楽には監督は存在しないけど、プロデューサーという肩書きがあって、プロジェクトを仕切るという点で映画監督と役割が似ているから、そう置きかえて読んだ。

「ここで左を向いてこのセリフを言って。上を向いてこのセリフを言って」って。なぜ? って訊くと、「ただ言われたようにしろ!」って。結局そういう映画は上手くいかないのよ。

「こうゆうふうに歌え」とか「この曲を歌え」というのもそうだよね。

もちろん、そのほうが持ち味がでるということなら、それは素晴らしいプロデュースなんだけど。やみくもに、ただこうしろ、ああしろっていうのは、疲れちゃう。(個人的か)

監督やプロデューサーは、プレイヤーよりも広い視野でたくさんの状況を把握できなければならないくて、自分の意見をおしつけるのではなく、あくまで本人の良さを引き出してナンボだよね。

そう考えると、教育者とも少し似た立場なのかなと思う。

ストーリーを持つことがリアル感につながる。

世界中の俳優がちゃんと聴かないのよ。ちゃんと聴いていないの。相手が話した言葉を全部聴いたというんだけれど、人はそういう風な聴き方はしないの。私たちは、自分のストーリーのなかで聴くのよ。聴いているときに自分のストーリーを持っていないといけない。なぜなら私たちは人の人生の話を聞くとき、それを自分の人生に合わせて翻訳して聴いているのだから。それが正しい聴き方よね。

これって難しいけど大切なことだなって思う。

自分のストーリーを持って聴いていると、学べることも深くなる気がする。

私でいうと、映画みてても、アートみてても、ジブリ研究してても、いつも自分の音楽のことを考えている。それが私のストーリーだから。

ただ注意したいのは、同じジャンルで語るときだよね。相手のストーリーを自分のストーリーに書き換える作業を、しっかりしないといけない。

さっきの例みたいにジャンルが違えば別のストーリーを持つのはカンタンだけど、同じ映画業界の中でも、音楽業界の中でも、それぞれ自分のストーリーは違うわけで。

簡単に言えば、とにかく相手の話を、ただ鵜呑みにしてはいけないってことです。笑

自分のことをよく理解して、自分なりの噛み砕き方を忘れないように。自分へのメッセージ。笑

おわりに

エンターテイメントのあり方については、やっぱり日本はアメリカから大きく遅れていると感じることも多い。

それは、日本がアメリカのエンタメをまだまだ表面的にしか理解していないところがあるからじゃないかって私は思う。

たとえばあるシーンや演出において、なぜ、こういうときに、こういう演出をするのか?

その意図というのが、アメリカのエンタメのほうがやっぱり何重にも深いし、複雑にからめあって、完成度の高いものを作る力がある。

そして根底として、やっぱりお祭り好きだよね。笑

あとは、日本にもそういうことを理解している人たちや、もっともっと追求したい作り手は映画業界にも音楽業界にもいるんだろうけれど、圧倒的にアメリカのほうが予算が大きいというところはある。

だからお祭りが好きなんだよね。好きだからいっぱいお金使ってやるんだよね。

だけどそんなアメリカのエンタメが、私は大好きです。お祭り好きなんでしょうね。笑

日本にも、もっともっと本格的にエンターテイメントの素晴らしさが根付いていけばいいなって心から思います。