大人になると、むさぼってきた大切なものを誰かに与えられるようになる。

大人になると、むさぼってきた大切なものを誰かに与えられるようになる。

しいたけさんのnoteをときどき読ませていただいているのだけど、今日の記事にはすごく響いた。

実は先日、こういうことを友と話していたところだった。若いころ夢中になってたことに、今そんなに夢中になれない自分がいる、みたいな。

それで、私たちはそういう今の自分に罪悪感を感じてしまいがちだけど、それって必要ないよね、って話していて。

そういう過去があって、そうじゃない今がある。それだけ。だから今は今の情熱を育てればいいよねって。

これについては、別の記事でなんとなく自分なりに書いたんだけど

「頑張ってない自分はダメ」という罪悪感。

それはそれで、その通りだと今でも思ってるんだけど、このしいたけさんの記事を読んで、「なぜ、そうなってるか?」ということが少しわかった気がしたよね。

たしかに、そうなんだよ。本当、そうなのよ。若いときみたいに、むさぼらなくなってるのよ。

(有料記事だから、詳しく書かないけど気になる方は読んでみて、すみません)

「それって大人になったってことなのかぁ」とそのメカニズムは理解した気がするんだけど、同時に、それで終了ってわけにもいかないなと思ったりはした。

たとえばね。しいたけさんなら、そうやってむさぼってきたものが完全にいま花開いて、たくさんの人を幸せにする文筆家になってらっしゃる。

ちなみに私はしいたけさんって占い師というより小説家だと思ってる。カラー別、星座別、色んな軸でみんなを主人公にしてくれて、そこに物語をくれる人だから。

むさぼってきたその想いを活かす場所がある。そこに、その熱さみたいなものがちゃんと投影されている。

ただむさぼっていた過去があって、今はむさぼらなくなった。それだけじゃないしいたけさんの今を見ていて、そういうの、なんか理想の形かなぁと思ったりしたんだよね。

私もそうありたいなぁって。

若いころの熱いなにか、今はなくなりました。ああ。私もあんな風に夢中になったなぁ。懐かしいなぁ。おわり。じゃなくて。

やっぱりそういうどうしようもない、行きどころのない想いを伝えたいし、共有したいよね。

なにもそれは、大人になったらなくなってるわけじゃないんだから。大人になってもね、心の内側にはちゃんとあると思うのさ。

だからそれにはちゃんと、役割を与えてあげたい。むさぼってきた何かをちゃんと糧にして、できれば今、何かをむさぼりたくて心が暴れそうな誰かに差し出してあげられたらいいなって。

本をむさぼるように読んできたしいたけさんにとっては、それが占いを通しての「文字で伝えること」だった。

自分にとっては何になるのかなぁ?

今まさにそれを模索しているときだと思うし、まだまだ時間がかかるかもしれない。

だけどやっぱり、むさぼってきた何かが、これからの人生も支えてくれるような気がしてる。

だから、諦めずに進みたいな。

大切なものをむさぼってきた私が、これからどうなるのか、楽しみながら、楽しみに待ちながら。

しいたけさんの素敵な文章を読んで、そんなことを思った日でした。

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